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小説や徒然やALSや。
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そしてまた、こっちは違う短編小説です。「溺れる」というもの。

「白」が(私の話にしては)結構明るめだったのに比べて、こっちは乾いた感じのお話です。けれどやはり現代恋愛もの。

性描写、百合描写、暴力描写があるので苦手な方はご注意くださいー。

ていうか、この小説どかにアップしたような気も……? あれ違うのだっけ……? うん多分違うのだと思う……。

さっきの「白」よりちょっと長いので、更に読みにくかったら申し訳ないです。その場合、また分けてアップしたいと思います。

という訳で、下から宜しければお読みくださいー。

「どういう小説書いてるの? 書きたいの?」とはまま訊かれる事ですが、いつも答えに窮してしまいます。ていうのも私の場合、書くのは萌え萌えハーレムものでも、乾いた現代モノでもどっちでもなんでも良くて、なんか世界にある感情? とか真理? 空気? みたいなものが書きたくて、だからパッケージはなんでも良いんだよなあ。

なのでその時々によって変わるので、ていう話をなかなか説明しにくいので、答えに困るのです。

他の人はどう答えるのだろうかー? 

て疑問はさておき、小説はつづきからどうぞ。

あ、あんまり読み返してないので誤字があったらすみません…直せよ、って感じなのですが、いや読み返すと恥ずかしくなってアップしたくなくなるから、あえてそのまま。



 溺れる
 
 何年か前に死んだ母の死に顔をとても綺麗だと思ったのは、それが、何もかも過ぎ去った顔だからだった。苦痛も喜びも悲しみも、全て存在していただろうあらゆるそれらが、もう、過去になってしまった顔。
 艶(つや)もまた、そういう顔をしていた。彼女は死んでいる訳では無いけれど。生きてしまったまま、艶はそんな顔をしていた。何もかもが過ぎ去ってしまった顔。
 私は艶の、そんな顔が好きだった。
 
 今時の人は顔が小さいのだなと、私は自分の目の前に立つ男を見て思う。私は平均的大学生女子より身長が高い方だけれど、彼は私と変わらないぐらいの背丈で、けれど顔はうんと小さく、それは痛々しく思えるほどに。私が彼に痛々しい印象を抱いたのは、その笑顔のせいだったのかもしれない。彼は初めて会う私に、うんと大きく優しく笑った。不自然なほど痛々しいほど。
 小さな背丈と華奢でまん丸な頭と大きな笑顔が合わさって、彼の印象をコントロールしている。
「コンニチハ。幸恵(さちえ)先輩ですよね? 」
 大学の構内で会った私に、彼はそんな笑顔を携えてそう声をかけた。秋の弱い光が彼の茶色い髪の輪郭を、例えば夏の光が氷の輪郭をそうするように、じんわりと溶かしている。
「……そうだけど」
 私は、これまで彼を知らないでいた。だから彼が何故私に声をかけたのかは解らなかったけれど、少しばかりは想像もついた。と言うのは、今回が初めてでは無かったのだ、私が、大学や自分のマンションの近くで、見知らぬ男に(そのなかには少年も青年も紳士もいる)声をかけられるのは。
 今まで何度かあった。そして彼らの用件はいつも決まっていた。私が共に暮らす、艶の事。
「あ、俺、艶の知り合いなんだけど。三浦銃(じゅう)って言います」
 相変わらず笑顔をたたえて言う彼の言葉に、だから、やはり、と私は内心思う。そんな私の様子を気にしているのかいないのか彼は表情を変えずに、自己紹介を続ける。今年この大学に入って、学部は同じ。艶には自分から声をかけた。一通り、そんな紹介を終えると彼は簡潔に用件を述べた。
「俺、幸恵先輩にお願いがあんですけど」
「……なに」
 どうせ艶と別れてだとか、俺の方が艶をシアワセに出来るとかそんな話だろうと思い、けれど一応私がそう訊ねてみると彼は今度は、私が予想していた言葉とは違うものを口にした。
「艶、殴るのやめてもらえません?」
 彼は笑顔のままそれを口にした。優しくてひどい笑顔のままで。瞬間、私は顔が赤くなったと思う。
「どおしてアンタにそんな事言われなきゃなんないのよ! 」
 私は叫んだ激高した。ここが大学の構内だという事も気にせず、人目も憚らず。いや、人目は憚っていたのかもしれない。というのは、ここが誰もいない場所だったら私は銃を殴っていたかもしれないから。殴るどころか殺していたかもしれないから。
「いや、どうしてって」
 銃はそんな様子の私を、真ん丸い茶色の目で見つめた。もうそこに笑顔は無い。けれど不快そうな様子でもない。どこか、何か不思議なものを見るような目で、彼は私を見つめる。
「俺、艶の顔と体が好きだから。そこにキズとかアザがあるヤだなって。それだけ」
 ぽり、と顔をかいて、何故そんな事を訊くのだろう、という顔つきで銃は言った。
 ───だから。私は銃に興味を持った。興味を持った理由それはひどく至極単純で、私もまた、艶の顔と体が好きだったからだ。
 好きだった。大好きだった。もっと言うなら、愛してた。
 そんな風に私が銃(じゅう)に初めて出会ったのは、大学で知り合った艶と私が共に暮らし始めてから、一年と少しが経った、頃だった。
 
 今までそんな事は無かったのだけれど、つまり私が艶の相手である男達に興味を持つという事は(そもそも艶の相手でなくとも、私は元来男という性に興味が無い。持てない)、けれど例外的に銃に興味を持った私は、そのまま大学のロビーで、銃と束の間話し込んだ。
 大学という勉学の場には不釣合いな気もする、座り心地の良いロビーのソファ、そこに少しの距離を保って並んで座った私達、私が手にした自販機のコーヒー銃が鞄から取り出した飲みかけのミネラルウォーター、私と銃という取り合わせが珍しいのかそれとも私達の話の内容に興味を持つのか、時折ロビーを通り抜ける人らが私達を眺めていく。(私は艶と付き合い、共に暮らしている事を学校でも世界のどこでも、隠してはいない。それは艶も同様だ)
 私達は束の間、話をした。話題は艶の事だったり天気の事だったり大学の教授の事だったりやはり艶の事だったりした。
 私は銃の事をじゅう、と呼び、銃は私の事をさちえさんと、呼んだ。銃で印象的なのはその表情だった。銃は常に笑顔で、けれどまるで楽しそうではなかった。彼は優しい笑い方をした。どうして、と思えるほどの。こういう風に笑える人は、この世界に銃か、或いはあらゆる全てを許してしまったか、或いはあらゆるすべてを諦めてしまった人だけではないのだろうか、と何故だか思った。銃がそういう人であるかどうかは、この束の間の話し合いでは解らなかったけれど。
 長い足をたたんでソファに座り、ミネラルウォーターを持つ銃の長い指を見た。これが艶の頬や髪や性器や中身に触れているんだなと、眺めた。
 私の指と同じように。
 
 銃の話し合いと幾つかの授業を終えて家に戻ると、艶はリビングのソファで眠りこけていた。ソファと艶に、終わる秋の光が差し込んで反射して、綺麗だと思う。合皮で出来た、見た目だけは綺麗な黒いソファに散らばる艶の茶色い長い髪。今日は艶も授業があったはずだけれど、休んだようだ。艶は勉学にあまり熱心ではない。単位が取れるギリギリなだけの授業に参加して、テストは私のレポートやノートで済ませる。(私だけでは無いだろう)
 勉強の代わりに一日寝ていたり音楽を聴いていたり、私といたり他の男といたりする。それも、そうしたくてするという訳では無く、他にする事が無いからそうするというような、能動的な態度で。(けれどその割にいつも彼女は楽しげだ)
 荷物を置き、冷たい水で手を洗ってから私は艶が眠るソファの余った部分に腰掛けた。するとその振動で艶が目を覚ます。一、二度、ふるふると、彼女の薄い瞼と濃い睫が揺れて、眠りが揺れて、艶の瞳が現れる。
「──幸恵ちゃん」
 と、彼女は柔らかい声で私を呼ぶと、ふわりと笑った。洗いたての、ばい菌だとか細菌だとか世俗だとかを落とした指で、私は艶に触れる。すると艶は開けたての瞳を緩めた。
 美しい艶は、従順だ。
 触れれば反応するし、愛してると囁けば、私もよと答えてくれる。
 誰にでも。
 だから艶は従順で正直で嘘吐きだ。(もっとも彼女に嘘をついている自覚は無いのだろう、まるで)
 ソファに寝そべる彼女の、黒いワンピースのなかに左手を滑らせる。同時に、右手でワンピースのボタンをあける。艶はブラをつけてはおらず、すぐにその形の良い乳房が露になった。
 艶の肌はひどく白く細かく美しく、触るとツルツルとしていて、けれどそのなかにある肉は柔らかで弾力が無くまるで老人のようだ。(もっとも私は老人にこんな風に触れた事は無いから、これはただの想像だけれど)
 健康さと不健康さ、そのバランスとアンバランス。彼女の体が持つ体の特徴はそのまま、彼女を現しているようだといつも思う。
 触れればすぐに濡れる彼女は、けれど離せばすぐに乾いてしまう。(もしくは他の男の指で濡れてしまう)だから私は絶え間なく彼女に触れていたくて仕方が無い。
 ほら、今も。
「──あっ」
 形のいい胸の先をゆっくりと転がして、下着の上から焦らすに優しく撫でて、そんな風に彼女が好きな触り方をすれば、艶は容易く濡れて、そう可愛らしい声をあげる。
 すると私は体の奥が、子宮がズンと熱く重くなるのを感じて、自分が女である事を再認識する。私の体も、艶の事になると驚くぐらいに素直だ。よく濡れる。艶までの相手ではまるでそんな事は無く、むしろ自分は不感症なのかもしれないと思うほどだったのに。
(濡れる。溺れる。死んじゃう)
 艶が満足するまで彼女の体で遊んで(私が?彼女が?)、艶の呼吸が少し整い始めてから私は言った。ソファに横たわる艶を見下ろして。
「今日、銃に会ったよ」
 気持ちと濡れた体を無視して、表情を変えないで私はそう言った。すると艶は少しの間の後、微笑んだ。
「そう」
 穏やかに穏やかに、彼女は微笑んだ。寝転んだまま、髪と服を散らしたまま。そんな彼女の頬に、私は自分の掌を振り落とす。艶の白い頬が、私の掌によってピンク色に変わる。私は自分の掌のなか、柔らかな艶の肉が飛び跳ねる感触を存分に味わう。
 その感覚は、艶が私の指で快楽を得る時のそれと、どこか似ている。私の意志と体によって反応を見せる、艶の美しい体、肉。
 艶を殴ると、私はまた濡れる。満足するまで艶を殴ってから、私はようやく自分の掌を止めた。艶は最後まで逃げなかった。
 そうして私もたくさん濡れた。
(……濡れる。溺れる。死んじゃう)
 荒い息のなかで私はまた、そう思う。艶は呼吸一つ乱していない。悦楽に肉を赤くして、苦痛に頬を赤くして、けれどそのままでいる。
 こんな時、私はまた思う。艶の顔は例えようがなく美しいと、そして母の死に顔に似ていると。
 全てが、過ぎ去った顔。
 
 艶を殴った後はいつも後悔をする。けれどその後悔が、艶を殴らなければ良かったというもので出来ているのか(殴ったところで艶も、艶と私の関係性も変わらないのに)それとも、艶をもっと殴っていれば良かったというもので出来ているのか(そうして最期までいってしまえばもう他の誰にも艶を触れられないのに)、私には判別が出来ない。そのどちらもなのかもしれない。
 そんな後悔に苛まれながら、とりあえず私は夕食の準備をしようと思った。今日は久しぶりにバイトも無いからゆっくりと。艶の好きなものと冷蔵庫にあるものを思い出して、メニューを考える。かぼちゃのポタージュとポトフ風ロールキャベツ、にんじんのマリネ、ブロッコリーと海老のサラダにしようと思う。
 秋の夕暮れは早くて、もうキッチンのなかは薄暗く私はパチリと電気を点した。少しだけ寒いような気がしていたけれど、電気を点すだけでその冷たさが和らいだ。にんじんのマリネを漬けて冷蔵庫に入れ、ポトフの材料を切り2LDKとしては割合に広いキッチンにある二口のコンロの前に立っていると、リビングで眠っていたはずの艶がこちらにやってくる気配がした。
 振り返りもしないで、大きな鍋のなかに目をやっている私に、艶が後ろから抱きつく。ふわりと。すると、キッチンのなかに漂う料理の匂いに艶の匂いが混じる。ふわりと。艶はいつも良い匂いがする。私と同じシャンプーを使ってボディクリームを使って同じものを食べて同じベッドで眠るのに、艶は艶だけの匂いを持っていて保っていて、私はそれを嗅ぐと眩暈がした。いつも。
 愛おしくて。
 どうしてこんなに愛おしいのかは知らない。(知っていればもう少し楽だったような気もする)
「幸恵ちゃん、何作ってるの?」
 私の眩暈など知りもせずに、甘い声で艶は訊く。私の首に回った艶の腕は柔らかく細く冷たい。
「ロールキャベツ」
「わーい。私、幸恵ちゃんのロールキャベツ大好きー。野菜がいっぱい入ってて、まあるい味がするから。お店のと違うもんね」
「知ってる」
 だから作ってるのよ。
 艶は敏感で鈍感だ。
 私は艶のように、微笑む事が出来ない。愛してるよ、と可愛らしく言う事が出来ない。代わりに、こうして料理を作ったり艶の体を舐めたり拭いたり、もしくは殴る事しか。
「私ね、幸恵ちゃんの料理が一番好き。世界で」
 艶は天使の(というものが存在すると私はまるで思ってはいないけれど、それでもそうとしか形容出来ない)ような声で、言った。
「───」
 一年と少し前、大学で出会った私たちが、共に暮らすようになった時の事を思い出す。私達は共に一人暮らしをしていて、私の住んでいたマンションに艶が移り住むようになった。
 私が誘った。艶はそれに応じた。
 他にもたくさん艶を愛する者たちがいるなかで、どうして艶が私と暮らす事を選んだのか、それを艶に訊くと彼女は答えた。そうだね私の事を好きだって言う人はたくさんいるけれど、そのなかでも幸恵ちゃんが私の事を一番好きな気がして、それに幸恵ちゃんの家が一番居心地が良いからと。
 艶はシンプルだ。
 彼女の事を好きだという者を、彼女は拒まない。受け入れる。お茶がしたいと言われればそうするしセックスがしたいと言われればそうする。彼女の気が向けば。
 そしてそんな艶の気性は、彼女が私と暮らし始めてもまるで変わらず、彼女は気が向けば他の男と触れた(私以外、彼女の相手は男性のようだった)。そして私はそんな彼女をよく殴った。殴る私を艶は怒らなかった。嘆かなかった。
 拳を振り下ろす私を、タバコの火を押し付ける私を、彼女はその美しい瞳でどこか楽しげに見つめた。彼女は私を受け入れたように私のセックスを受け入れたようにまた、私の暴力を受け入れた。その美しい白い肌に。
 そうして一年が経った。
キッチンのなかには料理と艶の匂いが立ち込めている。鍋から視線をずらし、私に纏わりつく艶に目をやる。すぐ近くにある艶の類まれに美しい顔。白い細い首。
その白い首を絞めようか細い首にキスしようか迷って、キスした。すると艶は、笑い声を立てた。くすりと。赤い小さな唇で笑いをぽつんと落とすような、風に。
 その唇と笑いを見ていると、どうしようもなく愛おしいような憎いような気がした。私を許す、けれど他の男さえ許す唇。
 
 それから一時間ほどして、用意の出来た食事をリビングに運んだ。元々私が一人で暮らしていたこの広くないマンションには、食卓というものは無い。リビングにあるのは幾つかの板を組み合わせて出来たような少し変わった構造をした、白く低いテーブルだけだ。私たちはそこに料理を並べて、リビングにひいた絨毯に座り込んで食べる。そうする事はなんだか奇妙に落ちついた。行儀が悪くだらしないその姿が、私たちに相応しいような気もした。
 艶は、料理をしない。けれど、配膳は手伝ってくれる。彼女の華奢な掌で運ばれる料理は、いやに大きく見えて反面美味しそうに見える。
 そしてそうして白いテーブルに料理を並べ終わり、料理を食べ始めた時だった。テレビでは夜のニュースが始まっていた。私もそして艶も、テレビにもニュースにもあまり興味は無いけれどそうしてなんとなくつけるのが習慣のようになっている。
 聞くともなく聞いていたニュースで、有り触れた殺人事件が報じられている時だった。艶は柔らかく煮えケチャップで彩られたロールキャベツを箸で突いて、好みの大きさに切りながら言った。なんでもないことのように、まるでテレビのなかのアナウンサーのそれと同じように、有り触れたことを語るように。
 その頬はもう白く戻っていて、私の痕跡を残してはいない。きっと彼女の性器ももう乾いているだろうと思う。触れていないから解らないけれど。
「ああ、そう。幸恵ちゃん、私ね」
「なに?」
 彼女の声が言葉が仕草があまりに何気ない様子だったから、私も普通にそう訊き返した。自分のグラスに、パックで売っている格安の赤ワインを注ぎながら。
「妊娠したみたい」
 そう彼女は言った。ひどく平静な声で、だから私は最初彼女が言う言葉の輪郭を捕らえても、その意味を理解する事が出来なかった。理解できなかったから、注ぎかけのワインを零すこともそれでテーブルや絨毯を汚すことも無く、顔色も変えなかった。
 『妊娠したみたい。』
 私は毎日艶の下着を洗って乾しているしトイレの清掃もしているし、その前に艶が家にいる時は殆ど毎日彼女に触れている。だから最近彼女に生理が無い事は知っていた。けれど、元々艶は生理が不順で、だから気に留めてもいなかった。(そもそも彼女に月経というのは不似合いに思えた。艶は奇妙に女らしいのに、奇妙に女らしくない)
 そして艶がたくさんの男とたくさん寝ている事も、それがもたらす肉体としての結果も常識として知っているはずだった。
 けれど、艶が妊娠するなど考えた事も無かった。今まで。ただの一度も。
 だって私は、彼女を孕ますことが出来ない。私はどこまでもあくまでも子宮と卵巣を持つ女で、女がどれだけ交じろうと妊娠という結果をもたらすことは無い。結果を、実りを。
 永遠に孕まない子宮。それは私も艶も。そのはずだったのに。
 私は優しく微笑んだ。注ぎ終わったワインの入ったパックをテーブルに置き、食事を再開しながら。そして訊いた。
「いつ堕ろすの」
 堕胎が世界のルールとして決まっているように。産みたいのか産みたくないのか、艶の意志は聞かなかった。
 そんな私を、艶は眺めた。その深い睫に彩られた美しい瞳で、不快そうでも無くどこか楽しげに、そうそれは彼女が私の暴力を眺めている時のそれと酷似している。
「そうね、どうしよう」
 そう、答えた。
 早い方がいいんじゃない、お金って幾らかかるんだっけ、確か父親の名前も書かないといけないんだっけ、そんな事を答えながら私は思う。
 これは私が今までしたなかでも一番ひどい暴力だと。それを自覚していた。自覚しながら、ふと思った。書く父親の名前は、銃がいいと。私に、艶を殴るなと言った、私と同じように艶の皮膚と骨を愛す、一つ年下の男。
 当たり前だけれど、私の名前を父親の欄に書く事は出来ない。
 
 その夜、艶とセックスをする時にも私は艶を殴って(けれど、これは果たしてセックスと言えるのだろうかとふと思う。私はただ類まれに美しい艶を材料にして媒介にしてただ自慰をしているだけでは無いのかと、決して艶を孕ませられない私は)私は艶を拳で殴り長い髪を引っ張り、その白い尻にタバコを押し付けて首を絞め、それは今までに私が艶に施した暴力のなかで二番目の酷さで、だから次の朝が来ても艶の体はその痕跡をとどめていた。
 そんな傷が残る肉体を、新しい朝日が差し込むリビングの床に座り込んだ艶は、美しく彩っている。
化粧をする時、艶は本当に楽しげだ。化粧をせずとも勿論艶はひどく美しいけれど、装えばそれは尚更で、彼女の化粧をした顔は、何故だか私にいつも母親の死に化粧をした最後の顔を連想させた。
「艶、学校行くの、今日」
 寝室からリビングに行って、艶が化粧をしている姿を見つけた私は、そう訊く。
「うん」
 彼女は束の間視線を私に渡して頷くと、再びその視線を鏡の中に戻す。そんな彼女を眺めながら、私はリビングを進む。リビングのなかは窓から差し込む光のせいで、暖房をつけずとも寝室より仄かに温かく遥かに明るい。床に散らばる艶の長い髪も、いつもより明るい色に見える。私は艶の近くまで行くと、その髪を自分の掌に巻きつけた。そっと。
 艶はそんな私には目もくれず、変わらず自分を飾ることに執心している。私は彼女ほど楽しそうに化粧は出来ないなあと思う。私の容姿は人並みで、化粧も身だしなみも人並みの女子大学生ほどには整えるけれど、ただそれだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。艶が化粧をする様は、オモチャに夢中になっている子供のようでもあるし、練習熱心なアスリートのようでもある。
 艶のこんな性格や、この容姿が、どんな風にして出来たか私は知らない。付き合って一年以上経つけれど、艶は自分の実家の事は話さない。家族の話もしない。家族から連絡がある事も無ければ、自分からする事も無い。隠しているというよりは、ただ単に興味が無いというように思えた。例えば、艶は自分を愛する男達の話をする事はある。無邪気に。それが私の暴力を生むことを知っていても(まるで知っているからこそ、であるかのように)。
 けれど、彼女は自分のこれまでは話さない。まるで。だから私は彼女のこれまでを知らない。
まるで、知らない。けど、愛してる。
「眼帯ってどこにおいてある?ほら、あの黒地に赤の十字が描いてある眼帯。あとね、私、朝ごはんはサンドウィッチがいいな。ハムときゅうりの」
 今までの話などせずに、そして昨夜のセックスと暴力についても妊娠についても話さずに代わりに、艶は言った。それが世界の最重要事項であるかのように。
「わかった、あと、コーヒーね。眼帯は引き出しに入れてあるから持ってくる」
「良かった。幸恵ちゃんのサンドウィッチって大好きなの」
 その眼帯もね、と付け加えて、艶は鏡のなかの、自分を楽しげに眺めた。そこに写る顔はもう完成していて、けれどその左目と瞼が青黒く張れている。完成されたからこそ、そこにある傷跡は尚更鮮やかだった。まるでそうするために、艶が化粧をしたように思えたのは、けれど私の罪悪感が生じさせた被害妄想なのかもしれない。艶の真意は知らない。
 
 銃は今日もミネラルウォーターを飲んでいて、銃にはそれが似合うと私は思った。無機質な水。似合う、と思うほど私は銃の事を知っている訳では無いけれど。似合うと言えば、今日の艶の服装は取分け、彼女に似合っている。フェイクファーで出来たふわふわの帽子に、黒いタートルネックのセーター、それに合わせたフェイクファーのマフラー、デニムのショートパンツ、茶色のブーツ、黒い眼帯。
 そんな私達は大学の授業の合間、三人で話した。大人数の授業が行われる時に使われる講堂で、私の艶は並んで座り、後ろの席に銃はいた。銃は、今日はじめ艶を見た時、「……派手だね」と笑った。服装の事では無い、艶の傷を見て言ったのだ。銃はそれをあのとても優しい笑顔のなかで言って、艶もそれを笑顔で受け止めて、私はそんな二人を見ていた。
 私の右側に座った艶は私の右腕に抱きつき、体重を預けてくる。艶の体温はいつも低いけれどそれでも艶の絡みつく右腕はほんのりと温かい。
「とりあえず一応訊くけど、その派手なアザとか傷って昨日俺が幸恵さんに余計な事言ったのが原因?」
 銃は、机に寝そべるように身を乗り出して、私達の方を見ながら言った。
「そんな訳無いじゃない」
 答える艶は私に凭れたままふわふわと笑う。
「銃くんの言葉で私達に何かあるなんて、銃くんて自意識過剰なのね」
「ま、そうだよねー。そんなら、なんで」
「私が妊娠した事、幸恵ちゃんに言ったから」
 艶はつまらなそうに、空いていた右手で自分の長い髪の先を弄る。
「───ああ」
 口のなかでそんな言葉を転がしながら、チラリと銃は私に目をやった。そんな銃の態度で私は理解した。即座に。
「あんた、知ってたんだ」
 艶の妊娠を。私がそれを知ったのは昨夜の話で、銃が今それを知っているという事は、つまり銃は私より前に艶の妊娠を知っていたのだ。
「ああ。まあ。うん」
「当然よ。だって妊娠検査薬、銃くんに買いに行ってもらったんだもの、私。自分で買いにいくのイヤだったから」
 たとえば他人の不幸を語るように、まるでどうでも良い事のように、艶は言った。そう言った。
「……父親って、銃なの」
「さあ。知らない。幸恵ちゃんだって私がたくさんの男の人とエッチしてるの知ってるでしょう?」
 今まで毛先にやっていた視線を起こして、艶は私を見つめる。その瞳は微かに楽しげで、私の暴力を受ける時のそれと似ている。
「でも、どうだっていいじゃない。殺す子の父親が誰か、なんて。そんな死んだ子の歳を数えるような事」
 時々艶はそんな風に、奇妙に年寄りめいた言い方をして、そんな時私は、艶は祖父母と暮らしていたのでは無いだろうかと思う事がある。そんな事、艶の言い草では無いけれどどうだって良い事だけれど。
「とりあえず早い方がいいって幸恵ちゃんも言うし、今日の学校帰りにでも産婦人科付き合ってくれる?銃くん」
「──いいけど。俺は、艶の言う事ならなんでもきくし。ていうか、幸恵さん。一応断っておくけど、殴んないでねここで」
 そう言った銃は気付いていたのだろう、私の指が震えていた事に、それが艶、もしくは銃に向けられる事に。
「……しないわよ」
 なら良かったー、という銃のどこかのどかな声に重なるように授業開始のチャイムが鳴った。私は絡みついた艶の腕を振りほどいた。乱暴に。暴力の代わりという訳でも無いけれど。それに艶は、あ、と声をあげてそれは悲鳴のようでも嬌声のようでもあった。
 
 銃と学校帰りに産婦人科に寄った艶からは夜、電話があった。無事殺したからそして今日は銃くんのところに泊まるから、と彼女は言った。
 だから私がバイト先からマンションに帰ると、当たり前だけれど部屋はポッカリと暗く寒々しかった。艶が帰らないというのは今までにだって何度もあった事なのに、そして今夜はその行き先だって解っているのに(解らない時もあるのだ)それなのにいつもより不安を感じる自分を不思議に思いながら、私はとりあえずリビングの電気を点ける。
 行き先を知っていると、より不安になるものなのだろうか。銃は、とりあえず今まで知っている艶の男のなかでは一番ましだと思えるのに、だから尚更、不安に。その不安に押されるように、私はリビングにぺたり、と座り込み、そのまま寝転ぶ。いつもこうして寝そべっている艶を真似して。
 まだカーテンをひいていない窓の向こうに夜が見える。今、艶はどうしているのだろう。銃と共に眠っているのだろうか。艶は眠る事も寝る事も好きだから。
 堕胎したばかりだとセックスは出来ないと聞くけれど、子供をおろしたばかりの艶の子宮は性器はどんなだろう。どんな傷を負っているのだろう。血は流れるのだろうか、けれどその血さえも艶の性器はすぐに乾かしてしまうのだろうか。私が幾ら触れても艶を捕らえられないみたいに、私が幾ら艶を殴っても艶が美しいままでいるみたいに。
 憎いぐらいに。
 私は自分の右手をスカートのなかに滑らせて、下着の上から性器を触る。艶の事を想いながら、まだ洗いもしないたくさんの汚れがついた指でそのまま。我慢が出来なかったしそれに、それが今の私には相応しいような気が、したから。
焦らすように下着の上をゆっくりと撫でてそれが濡れたのが解ると、そのなかに指を滑らせる。傷ついたみたいに、肉が子宮がじいんと熱くなる。
 熱くなり熱くなり熱くなり、けれどそれはただそれだけでそれだけの事で、決して孕みも傷つきもしない事は知っていた。
 
 独り分の食事は作るのも食べるのも面倒で昨夜はそのまま眠ってしまったけれど、さすがに朝食もそうする訳にはいかないと冷凍した食パンをトーストにして食べていた時に家のインターフォンが鳴った。こんな朝の時間に誰だろう。艶ではない、彼女ならインターフォンなど鳴らさない。
 玄関へ出てみるとそこにいたのは銃だった。まだ素顔で、髪も服も整えていない私と違って銃はさっぱりとしたパーカーにデニムを合わせて、そのさらさらとした質感の髪には寝癖などついてはいない。それは清潔な朝に似合う彼の姿で、けれど玄関先で彼の長い体はどこか居心地が悪そうに見える。
「艶ちゃんの荷物取りに来たんだけど」
「荷物?」
「そう。服とか化粧品とか」
 他の男だったら買ってあげたりすんのかもだけど、俺そんな金無いから、と彼は微笑んだ。その笑みはまったくいつもの笑みで、けれど和らいだ彼の瞳が少し充血しているような気がした。今までの銃の瞳は真っ白で、怖いほど真っ白で、それも印象的だったのだけれど。
「……寝不足なの?」
「ああ、うん。やっぱ解る、ははは」
 銃は小さな頭を少し傾げる。
「ずっと艶の寝顔、見てたんだよねー飽きなくて」
「一晩中?」
「一晩中」
「見てただけ?」
「見てただけだよ」
 当たり前の事のように、銃は言った。やはり、微笑んだまま。
「言ったでしょ、俺、艶の顔が好きだから。見てるだけで、それで幸せ。それは、幸せ」
 それは、幸せ。
「…殴ったり、ヤりたくなんないの」
「別に」
「艶の顔だけが、好きなの?」
「そうだよ。だって容姿が好きって、それほど確かな事無いじゃない?だって、性格や気持ちなんて見えないじゃん。でも、容姿って目で見えて確かめられるものだから。それが好きって、結構すごいことだと思うんだけど。稀有」
「容姿だって壊れるじゃない、例えば年齢だとか傷とか」
 初めて会った時、銃は私に、艶を殴るなと言った。その時彼は、どんな気持ちでその言葉を言ったのだろう。
「性格なんて、年齢じゃなくても壊れるよ。ありとあらゆる事で。気持ちも関係も。俺、自分の周りでも、世間一般でもそういうの山ほど見てきたから。だから愛とか信じてないの」
 それは銃と、銃の笑顔には似つかわしくないほどきっぱりとした物言いだった。愛を信じない、と言う銃と、それに囚われて溺れる私は、正反対で、だからこそ似ている気がした。
 媒介は艶。
「───そう」
「ていうか、幸恵さんなら解るんじゃん?だって幸恵さんも、艶の顔が好きなんでしょ。言ってたよね。」
 不思議そうに銃は訊ねる。
「そうよ。母親に、似てるの」
「へーお母さん」
 銃の言葉は少しだけ意外そうな響きを含んでいて、彼は元より丸い目を更に微かに丸くした。
「じゃあ、美人なんだねー幸恵さんのお母さん」 
「造りは似てない。けど、母親の死んだ時の顔に似てるの。艶の顔は。全てが、もう終わって静寂になった顔。うちの母、自殺したんだけど、その時の顔に、艶は。だから、好きなの」
 この話を私がしたのは初めてだった。艶にすら、した事は無かった。
 そして暫くの間の後、銃は答えた。
「幸恵さん、お母さんの事好きなんだね」
 私はそれには答えなかった。代わりに、艶の荷物をまとめてくると、銃を玄関に残し部屋の中に戻る。何日か分の艶の服と荷物を手早くまとめる。すべて、艶が特別気に入っているものばかりにした。私のバイト代も少しだけ入れた。元より、私のバイトは艶のためだ。
 荷物のまとめられたボストンバッグを受け取りながら、銃は言った。
「──艶、元気だから大丈夫だよ。ていうか今、ガキ堕ろすのって注射で出来るんだねー俺、知らなかった。殴られた傷もね、ちょっとは良くなったよ」
「……そう」
「荷物、ありがと。じゃあ俺、もう行くわ。また後で、大学で。艶は来るか解んないけど──ああ、あとね」
 そこで一つ区切って、銃は私を見つめた。
「俺、信条として愛とか感情って信じないんだけど、でも幸恵さんが艶の事すごい好きってのは、解るな。それだけは、解る」
 そう言うと、銃は微笑んだまま、帰っていった。私を残して、艶の元に。
 
 あれから何日かが経ち、けれど艶は変わらず大学も来なければ家にも帰らない。だから、彼女が変わらずに元気である事彼女は変わらず『彼女』である事、そしてその傷は段々と治りつつある事、を私は銃の唇から知る。
 艶が銃の家に泊まるようになってからも、銃は貴重面に学校に来る事を止めないで、大学のなかで私を見つけると近寄って話しかけ、それは今日もそうだった。午後の授業の合間、大学のロビーで私達は話す事にしてそこのソファに腰掛ける。銃は肩にかけた自分のバッグのなかから、ペットボトルに入ったミネラルウォーターと食べかけのポッキーを取り出して食べる?と私に差し出した。食欲は無かったけれど、貰わないと悪いような気がして私はそれを一本受け取った。口に差し込む。ポッキーは艶が好きだったなと、思った。(だから銃は持っているのかもしれないそして私にくれたのかもしれない)
「幸恵さん、元気?」
 銃の問いかけに、私は口のなかに広がる甘い甘いチョコとプレッツェルの味を感じながら答える。
「元気だよ」
「なら良かった」
 心の底からそう思っているような、銃はそんな言い方をした。私は何故だか不機嫌になる。私は自分の感情があまりコントロールできない。
「どうして。私が元気じゃなくてもあんたには構わないでしょう」
「そりゃ俺は一向に構わないけど、幸恵さんが元気なほうが、艶が喜ぶから」
 ケロリと言ってから、銃は箱のなかに残ったポッキーをもう一本くわえる。
「艶、いっつも幸恵さんの話するんだよ。家族の話もしない、大学の話もしない、俺たちの話もしない、他の男の話もしない、ただ幸恵さんの話だけ。まるで世界には幸恵さんしか存在しないみたいに」
 ポッキーを咀嚼しながら器用に銃は笑い、そんな彼の仕草はまるで下品では無くて、私は銃は一体どんな育ち方をしたのだろうとふと考える。
「……艶に似てる、うちの母親」
「え?──ああ、この間の話ね」
 唐突な私の言葉に、銃は戸惑う事も無く相槌を打ち。
「そう。それで、うちの母親が死んだのって、父親が浮気したからみたいなんだけど」
「──ああ。うん。まあ。よくある話ですよね」
 言ってから、よくは無いか。しばしば、だね。と銃は貴重面に訂正する。私はそんな彼がおかしくて少し笑う。
「そう、しばしば。でも私は、母親が死ぬまでその事は知らなくて。だからずっとそれで罪悪感があるの。何も知らなかった自分に母親を助けられなかった自分に、父親に今も仕送りもらってる自分に。───そう、銃の言う通り、私、母の事が好きなんだ。そして母に似てる艶を愛してて、でも殴るのね。殴るどころじゃない、本当はきっと多分、殺したい。矛盾してるでしょ」
「ああ、判った。つまり幸恵さんが殴りたいのは殺したいのは、艶じゃなくて幸恵さんなんじゃない」
「────」
「だから色んな男に触れる艶が憎くて愛おしくて殴って、でも死なない艶が憎くくて愛おしいんだ。憎くて憎くて愛おしくて仕方ないんだ」
「…ああ、なるほど。そういう事なんだね」
 初めて、判った。
「自分の事なのに」
 どうして他人事みたいなの、と銃は笑う。
「自分の事だから、解んないの。客観的に見れないから」
「……まあ、そういう事もあるよね」
 つまらなそうに言ってから、ぱきりと銃は唇で三本目のポッキーを折る。
「俺も、自分がインポな原因て解んないし」
「インポなの!?」
 と私の声は思わず大きくなった。その言葉の内容と音量に、ロビーを通り過ぎる人達がぎょっとして振り返る。銃は肩をすくめて、手にしていたペットボトルとミネラルウォーターをきちんとバッグにしまうと、私をろびーの近くにあるトイレの前まで連れていく。ここのトイレは日陰の端にあり、普段からあまり使う人もいなく人通りも少ない。こんな時でも銃はあまり驚いたり慌てたりしない。彼の印象は一貫している。初めて会った時から。
「だから言ったじゃん。俺、艶とはやってないって」
 トイレのドアの前で、銃は言った。
「それは聞いたけど」
 けれどそれは、あの夜限定での話だと思っていたのだ。私は。
「俺、艶は好きだけど、やってないの。やれないの。試してみたけどダメだった。触ってもダメ、触られてもダメ」
「それで、艶は」
「ん?嬉しそうに楽しそうに、そんな俺見てたよ。こういう人って初めて、って。優しいよね艶って」
「ていうか、あの子はそれ、気を使って言ってんじゃなくて、本当にそう思ってるから言ってるだけよ」
 私の指摘に、銃はあはは、そうかと笑う。
「だよねー。でも俺はそれで、救われた。救われてる。ていうか、だから艶って俺のとこに泊まってんじゃん。知らなかったの解らなかったの?」
「……え……?」
「それなら、幸恵さん艶の事、殴らなくてすむでしょ。多分。わかんないけど。艶、言ってたよ。幸恵ちゃんて、面白いの。私の事、殴りながら、自分が痛い顔するのって。私は少しも痛くなんかないのにねって」
 そして銃は優しく笑った。もう全てを許した人のように、或いはもう全てをあきらめてしまった人であるかのように。そんな銃の笑顔を見ていたら、私のなかで急に感情が沸いて、降った。夕立のように。
 そして私はその感情のまま、銃の細い手首を掴むとそのままトイレの扉を開ける。女性用の個室を開けて、そのなかに銃を押し込め自分も入る。そうしている時に授業が始まるチャイムが聞こえた。
 沸いた感情、それは感情では無くて欲望と呼ぶべきだったのかもしれない或いは。
 私はそのまま、呆然としている銃(そんな銃の姿を初めて見たので、私は少し満足する)の唇に口付ける。柔らかく何度か口付けてから舌をいれ、銃のそれを掴む。銃の口はチョコの香りがしてそれは艶のそれと少し似ていて、そこに棲む舌は柔らかで温かく少しだけ短い。その感触を楽しみながら、それと交わる。こうした技巧を私は艶から教わった。だから、銃にそうしながら私は不思議な感触を味わった。まるで艶とそうしているような、または、私が艶自身にでもなったかのような。
 欲望が、高まる。
 その思いのまま、銃に口付けをして、一頻り試した後、私は銃の唇と舌を手放す。すると銃はズル、とトイレの壁に凭れて息をもらした。
「背徳感て、欲情を高めるから」
 言いながら私は、じぶんの息もまた荒くなっているのを感じる。けれど私よりも銃のそれは酷くて、彼は白い顔を赤くしていた。
「私は艶より顔も技も劣るけど、でもその背徳感で、勃たない?」
 私は笑いながら、銃のそれに、デニムごしに触れた。ごわごわとした感触の向こうにある彼のペニスは、それだけが単体の生き物であるかのように息づいているドクドクと。デニムという膜を憎むほど煩わしく思い、私は銃とペニスに纏わりつくそれを、荒々しく脱がす。
 そしてやっと現れたピンク色の可愛らしいペニスを艶に教えられたやり方で口に含みながら私は、今日の帰り銃の家に寄ろうと思っていた。そうして艶と銃と私と、三人で会おうと。
 傷が治りかけたという艶のその美しい顔が見たいと、無性に思っていた。ひどくひどく見たいと。見て謝りたいと思った。殴った事子供を堕ろさせた事を、謝りたいと。けれど銃とこうしている事を謝ろうとは思わなかった、まるで。
 
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